4年間の任期が本日をもって満了する。ちょうど、記者魂も100回目。最後に思いを記したい。
任期最後のこの日、現職として最後となるイベント、市川ソシアルダンス連盟主催のダンスパーティーに出席した以外は、ほぼ終日、事務所にて作業を行った。
作業をしながら、任期中の出来事を思い出した。
政策面では、1年目に取り組んだ大きなものとしては、木更津港の国際バルク戦略港湾が挙げられる。これは未だ実現はしていないものの、千葉県の鉄鋼産業の競争力を強化、雇用の安定には不可欠な政策。このほか、本会議場全体を敵に回す形でTPP推進の討論を行い、「ミスターTPP」などと呼ばれたのも懐かしい。
2年目から直近まで、私の代表的な政策はハラールとなった。私が質問に取り上げた後、千葉県は先行して取り組み、この分野では全国の先進県になったのである。いわゆる”政策通”として頑張り、実績を挙げてきた。
一方、所属したみんなの党は任期中に解党してしまったが、この間、千葉県地方議員連絡協議会代表、千葉県総支部幹事長などを歴任。知事選挙では、現職の森田健作知事を応援し、出陣式で応援演説を行ったが、この時が政治家として一番輝いたのかもしれない。
振り返ると、政策、政局の両面で、通常の1期生ではできない、ベテラン議員のようなことをさせて頂いた。早熟の政治家とみることもでき、多くの政治家が何年もかけてすることを、わずか4年の間に経験、それで政治家生命が短くなってしまったような気もする。
これらの経験、これからも活かしたい。今日現在で、落選のショックが完全に抜けた訳ではないが、くよくよしても何も生まないので、ここは前進を考えるのみ。負けてたまるか!