【記者魂46】ねじれ解消が意味するもの・・・疑似政権交代の政治再び

※この記事は、ハフィントンポストに7月29日付けで掲載された記事です。

先に行われた参議院選挙では自民党が圧勝、公明党と参議院は非改選を合わせて過半数を大きく超す議席を獲得し、長く続いた国会の”ねじれ現象”が解消した。これが意味するところを自分なりに考えてみたい。

結論から言えば、自民党による疑似政権交代の政治が再び起きる──そう考える。

55年体制となって以降、細川政権、羽田政権を除き、民主党による政権交代まで自民党が与党の座にあった時代、その時々の情勢を踏まえ、政策転換が自民党内で行われていた。本来なら政策の大きな転換は、与党が他の政党に交代した場合に起きるものだが、我が国でその動きは選挙によらず自民党内で完結していたため、同党で疑似政権交代が繰り返されてきたのである。

過去の歴史を紐解けば、改革を推し進めようとした橋本内閣と、その後の小渕、森両内閣は明らかに政策が違う。そして、小泉内閣の誕生で再び改革路線に──この間、小さな政府→大きな政府→小さな政府と政策の根本が転換していたと言えよう。次に、完全に大きな政府を指向するようになったのは、民主党による本当の意味での政権交代。そこで、疑似政権交代の政治にピリオドが打たれた。

今ここで、疑似政権交代の政治が復活すると思うのは、決して野党が弱体化していることだけが理由ではない。自民党の中で、小さな政府、大きな政府いずれを志向しようとする勢力が混在しているほか、やがて焦点になると思われる憲法問題では、護憲勢力である公明党が連立パートナーとなっているなど、以前と同じように、自民党内で政策転換が容易に起きうる状態となっているからだ。

今回の選挙で、政治の安定が求められている──与党側はそのような謳い文句を強調していたが、実は政治の安定というのは、55年体制以降、長く続いていた疑似政権交代の政治であり、無意識のうちに有権者も今回はそれを支持したのではないか、と筆者は思っている。

さて、この疑似政権交代の政治、イデオロギーの対立があった時代は、うまく機能していた。自民党内で異なる政策を打ち出す勢力が混在しても、対立する社会党など野党が弱かったために、その時に応じて党内で主導する側が交代すれば良かったのである。ゆえに、55年体制が長く続き、冷戦終結とソ連崩壊後までは、きしみも生じることがなかった。

だが、共通の敵が去った段階で、異なる考え方の陣営が共存するのは無理がある。いったんは疑似政権交代の政治に回帰しながらも、このまま長く続くとは思えない。

実は、疑似政権交代の政治を変えようとする動きはいくつもあった。時系列でたどると、小沢一郎氏が主導した自民党離党・新生党の結成が最初のそれである。党内の権力闘争に敗れたことが動機とは言え、現実に進めたのは、二大政党化を日本で定着させようとしたことであり、これは疑似政権交代をストップさせようとしたことに他ならない。

小泉純一郎元首相の「自民党をぶっ壊す」動きも同じだ。権力闘争の敗者として飛び出したのが小沢氏なら、勝者として反対勢力を追いだしたのが小泉元首相。これは、小さな政府を進める陣営が大きな政府を指向する陣営を追いやったことになる。さらに、賛同者は少なかったものの、党内で改革を進めようとした渡辺喜美代表がみんなの党を結成したのも、同様と言えるだろう。

小沢氏の動きは、最終的には民主党による政権交代で実現する。しかし、不幸だったのは民主党が寄り合い所帯で、このまま任せても、疑似政権交代の政治となることが読み取れた。政権交代後の3年間で、民主党政権の酷さが露呈。自民党、民主党ともに同じ疑似政権交代の政治となるのであれば、稚拙な方を有権者が選ぶはずはない。

疑似政権交代ではなく、本来あるべき政治の姿にするためには、やはり政界再編が必要なのだろう。今のままでは、与党の中で党内野党の意見を汲み取ってしまうため、何を進めるにも中途半端になってしまうリスクがある。現在は、野党の再編が急務とされているものの、本当に必要なのは与党も含めた全体の再編。当然のことながら、現時点でそれは容易ではない。

疑似政権交代の政治を終わらせるための考えられるシナリオとしては、再編した野党がそれぞれの政策に沿って魅力あるメニューを作成、国論を二分する問題が生じて与党内が対立した際にそれを提示し、与党の再編を促しつつ国民の審判を受ける──といったところか。そうした意味で、先行き野党の再編が起きるとすれば、理念を置き去りにした”数合わせ”だけは絶対に避けなければならないと思っている。