※ハフィントンポストに掲載されたコラムを転載します。
昨年のちょうど今頃、東北地方の被災地を視察し、その感想を交えてハフィントンポストにおいて「復興予算の配分法に疑問がある」と問題提起をした。今年も訪れた場所は違いながらも被災地を訪れ、「復興の遅れ」について記そうと思ったところ、マンガ「美味しんぼ」の描写で原発事故がクローズアップされているため、この問題について意見を述べることにする。
今回の視察では、福島第一原発から半径20キロ内にあり、現在、避難指示解除準備区域に指定されている南相馬市の小高区と浪江町を訪れたほか、隣接する双葉町とともに福島第一原発の所在地である大熊町の町民の避難先である、会津若松市内の仮設住宅にもお邪魔した。仮設住宅においては、地区長さん2人から避難当時の状況や現状、今思っていることなどを直接お聞きしたのである。
地区長さんらは「農家として親から受け継いでやってきたので、できれば帰りたい。若い人はともかく、帰りたいと思っている人がいる」と訴えていたが、それと同時に戻った後のことについて「再び農業を営んでも、果たして大熊町産ということで買ってくれるだろうか」不安を隠さない。
福島県では農産品について放射能に関して全量検査を実施・・・安全であるがゆえに“地産地消”で学校給食の食材として使われている。“事故が起きた原発に近い”といったイメージだけで判断してはいけないのだ。南相馬市の関係者は「他県とは違い全量検査をやっている福島県産は、実は日本で一番安心して食べることができる」と胸を張って言っていた。
しかし、このように安全性をアピールしても、風評が先行してしまえば、声がかき消されてしまう。今、一番、福島県の人が傷つくのは、イメージだけで判断されてしまうこと。事実が本当に危ないというのであれば、出荷の段階で止める訳だが、安全が確認できたものについて色眼鏡でみるべきではない。
さて、「美味しんぼ」だが、実在の人物である井戸川克隆前双葉町長が、福島第一原発の取材後に登場人物が原因不明の鼻血を出すなど、体調不良を訴えたことについて「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」と語る場面が問題になった。これについて掲載している小学館のビッグコミックスピリッツの編集部では「綿密な取材に基づき、作者の表現を尊重」とした上で、風潮を助長する意図はないとしている。さらに、過去の作中で、安全と証明されている食材・食品を無理解のせいで買わないことは、消費者にとって損失であると述べた、としていた。
鼻血が事実であるとしても、もう一方で、鼻血など出ていない人も大勢いることが論点のポイントになる。あたかも、体調が悪い人ばかりと思わせたことが問題なのだ。ひじょうにナーバスな問題であるがゆえに、表現に関してはバランスに細心の注意を払うべきだと思うのである。
大熊町の区長さんの1人は、「美味しんぼ」が話題になっていることを踏まえ、「皆さん、原発が怖いと思いますか?」と視察団に問いかけ、その後に「私は40年も原発で働いてきた。その間、何万ベクレルもの放射能を浴びたが、身体に何も起きていないし、鼻血なんか出たことがない」と続けた。敢えてこの部分を見出しに取ったが、その理由は「大丈夫な人もたくさんいる」と強く訴えたい区長さんのお気持ちからであることをご容赦頂きたい。
もちろん、取材に基づいて描いたと言っている以上、「美味しんぼ」のような例もあるのだろう。しかし、一方では区長さんのような例もある。私自身は、安全性が完全に担保されていない、経済合理性から疑問点がある──などの理由から政治的な立ち位置は反原発だが、その主張を通すために、誘導するような議論の仕方はしたくない。
「美味しんぼ」の作者はそうでないと思いたいが、起きている事実に関して、推進、反対いずれの立場にあってもフェアに取り扱う必要があるだろう。感情を交えず、客観的に論じなければ本当の議論はできないと思うのである。